「老(ろう)」という漢字(かんじ)を考(かんが)える。老獪(ろうかい)(ろうかい)、老廃(ろうはい)、老衰(ろうすい)……。(・・・・・・。)いまのこの国(くに)では、あまり良(よ)い響(ひび)きでないことも多(おお)い。かたや中国語(ちゅうごくご)では、老師(ろうし)(ラオシー)は先生(せんせい)、老板(ろういた)(ラオパン)は店(みせ)の主人(しゅじん)、老実(ろうみのる)(ラオシー)は正直(しょうじき)を意味(いみ)する。年上(としうえ)の人(ひと)を呼(よ)ぶとき、例(たと)えば李(り)さんを老李(ろうり)(ラオリー)と呼(よ)べば、親(した)しみを込(こ)めた敬語(けいご)となる。
きょうは敬老(けいろう)の日(ひ)だ。全国(ぜんこく)の100歳以上(さいいじょう)が初(はじ)めて、10万人(まんにん)を超(こ)えたそうだ。統計(とうけい)を始(はじ)めた1963年(ねん)には153人(にん)だったというから驚(おどろ)く。ちなみに昨年(さくねん)1年間(ねんかん)に生(う)まれた日本人(にほんじん)は67万人(まんにん)で、過去最少(かこさいしょう)を更新(こうしん)した。
いつ老(お)いは始(はじ)まるのか。思想家(しそうか)ボーヴォワールは『老(お)い』(」)に書(か)いている。ヒポクラテスいわく人間(にんげん)の頂点(ちょうてん)は56歳(さい)。アリストテレスが魂(たましい)の完成(かんせい)としたのは50歳(さい)。ダンテによれば老境(ろうきょう)にさしかかるのは45歳(さい)だとか。
老(お)いとは何(なに)か。詩人(しじん)クローデルは記(しる)す。きのうの出来事(できごと)にため息(いき)をつく者(もの)がいれば、あすを思(おも)って嘆息(たんそく)する者(もの)もいる。だが「老境(ろうきょう)に達(たっ)した者(もの)でなければ、今日(きょう)! という言葉(ことば)の輝(かがや)かしい、絶対的(ぜったいてき)な、否定(ひてい)しえない、かけがえのない意味(いみ)を理解(りかい)することはできない」。
未来(みらい)には誰(だれ)でも老(お)いがあるが、それを感(かん)じるのは常(つね)に現在(げんざい)である。いまという時間(じかん)の重(おも)み、今日(きょう)というときのいとおしさ。それらを何(なに)よりも大切(たいせつ)にし、痛感(つうかん)できるのが老(お)いなのだろう。
〈(「)老(ろう)の眼(め)のうるみて仰(あお)ぐ秋(あき)の空〉。(>。)俳人(はいじん)の富安風生(とみやすふうせい)は還暦(かんれき)のころ、そう寂(さび)しげに詠(よ)んでいたが、傘寿(さんじゅ)を過(す)ぎると〈(「)生(い)きることいよいよたのし老(ろう)の春(はる)〉。(>。)小(ちい)さく拍手(はくしゅ)をしたくなる、穏(おだ)やかな老(お)いである。